彦根城

表御殿は、元和(げんな)2年（1616）に開始された元和期の普請によって新たに建造されたもので、城郭の構成がほぼ整った元和8年（1622）頃までには完成していたものと思われます。
表御殿は、藩政の庁舎であるとともにの居住空間でもあり、さまざまな用途に応じて多くの殿舎や付属建物などが建ち並び、それらは「表(おもてむき)」と「奥(おくかた)」に明確に区分され、性別や身分、職務によって人の出入りに厳格な規制がありました。
表の殿舎は公的行事や藩政実務が行われた空間で、その中心となる殿舎は、玄関棟・広間棟・書院棟で構成されています。
ここでは家臣との対面や上使の饗応などの儀式が執り行われ、とくに広間棟と書院棟は規模が大きく豪壮な書院造であり、御殿を象徴する建物でした。
これらの殿舎の奥に藩政の中枢部となる建物が続き、藩主の御座所や諸役人が執務する部屋、そして台所などが連なっていました。
奥方の建物は、藩主の居間や御殿女中が居住する建物と、表向とは別に奥方向の台所などで構成されていました。
現在表御殿は彦根城博物館として復元されています。

玄宮園は、江戸時代には「御庭」と呼ばれ、隣接する楽々園は「槻御殿」と呼ばれていました。
延宝5年（1677年）、4代井伊直興により造営が始まり、同7年に完成したと伝えられ、昭和26年には国の名勝に指定されています。
広大な池水を中心に、池中の島や入江に架かる9つの橋などにより、変化に富んだ回遊式庭園となっています。
池には船小屋があり、園内で風流に舟遊びの一興を催すこともありました。
また、松原内湖に面した庭園の北側には水門が開き、大洞弁財天（おおほらべんざいてん）や菩提寺の清凉寺・龍潭寺への参詣、あるいは松原の下屋敷である御浜（おはま）御殿への御成りには、そこから御座船（ござぶね）で出向いたようです。
「槻御殿」は彦根藩の二の丸御殿で、敷地面積は藩庁であった表御殿（現在の彦根城博物館）をはるかに凌駕するものでした。

表門の外、内堀と道路を隔てて建っている細長い建物が馬屋です。
この馬屋は、全国の近世城郭に残る大規模な馬屋としてほかに例がなく、国の重要文化財に指定されています。
武門をもって知られた彦根藩では、戦のない時代を迎えても、著名な兵法家や武術家を多数召し抱えて、藩内で武術が学び継がれました。
馬術も例外ではなく、2代直孝に召し抱えられた神尾織部（かみおおりべ）の「新当流」をはじめ「大坪流」「大坪本流」「八条流」などの流儀が普及しました。
8代直定はとくに馬術を好んだとして知られますが、藩士もおよそ100石以上は馬扶持（うまふもち）を支給されて馬を所持し、馬術の修練を怠りませんでした。

井伊家の別邸御浜御殿は、11代井伊直中により文化7年(1810）頃に琵琶湖畔に造営されました。彦根藩のもう一つの下屋敷である槻御殿（玄宮楽々園）とは立地や趣も異なり、庭園を主体とした屋敷でした。
御浜御殿の庭園は、優れた造営技術を駆使し、琵琶湖の水や山の自然を活かして造られています。
琵琶湖の水位と連動して汀線（波打ちぎわ）が変化する汐入（しおいり）型式の手法を用いた池を中心に、西側は洲浜（すはま）の広がる緩やかな景観とし、東側は築山（つきやま）（庭に築いた小さな山）が折り重なる深遠な趣となっています。　
明治4年の廃藩置県後、彦根における井伊家の居宅はこの屋敷が用いられ、「千松館」と呼ばれるようになり、明治22年（1889）には玄関棟や大広間が増設されました。

西郷家は遠州（現・静岡県）の出身で、徳川家康から井伊直政に付けられた付家老３家のうちの１家です。
徳川家康に初代は仕えていましたが、家康の命で天正10年（1582）、井伊直政の付家老となり、幕末まで仕えました。
彦根藩の当初より幕末まで、同じ土地で替地の無かった家老です。
旧西郷屋敷長屋門は、明治16年(1883)に当地に裁判所が設立された際、西隣の庵原(いはら)家の長屋門が現在地に移築された建物です。
彦根城下では現存する長屋門中最大のもので、特に正面の外観はほとんど旧形を保ち、旧武家屋敷の面影を残す貴重な遺構で、市の指定文化財です。

清凉寺は彦根市の東北、佐和山の麓に位置する曹洞宗の寺院です。
ここには戦国武将石田三成が居城した佐和山城がありましたが、関ヶ原合戦の功績により、のちに彦根藩初代藩主となる井伊直政が入城しました。
その後2代直孝が、父直政の墓所として開基。
以後、井伊家の菩提寺として、彦根で没死した藩主やその家族の霊廟がおかれました。
直中が復興した際に、諸国から高僧を招くよう寺風を刷新したことから、修行道場としての名声が高まりました。

旧池田屋敷長屋門は、彦根城の中掘に近い第三郭に建っています。
かつて、池田屋敷のあった尾末町一帯には、中級武家屋敷が広がっていました。
池田家は大坂陣以前に「伊賀之者」として井伊直政に取り立てられた忍者の家であり、大阪両陣に従軍しています。
その後、士分となり、4代井伊直興に重用され幕末期には180石の中堅藩士の家でした。
江戸中期頃からこの尾末町の屋敷を拝領しています。
旧池田屋敷長屋門は、彦根藩中級武家屋敷の典型をなす貴重な長屋門として、昭和48年に彦根市指定文化財に指定しています。

旧鈴木屋敷長屋門は、彦根城の中堀に面した第三郭に建っており、当地一帯は300石以上の中級武家屋敷が広がっていました。
天保7年（1836）に城下町を描いた『御城下惣絵図』によると、当地には鈴木家5代権十郎重用の名があり、当時の知行（給与）は350石で、彦根藩の藩校弘道館の物主（事務長）や書物奉行・中屋敷留守居などを職務としていました。
彦根藩では分限（身分）に応じて長屋門の格式が定められていたようですが、この建物は彦根藩の中級武家屋敷の典型をなす長屋門として貴重であり、昭和52年（1977）に彦根市指定文化財に指定されました。

彦根城下の足軽屋敷は、城下町を取り囲むように屋敷を連ねており、そのうち、最も規模の大きかったのが善利組です。
幕末期には約700戸の足軽屋敷がありましたが、現在も６０軒余りの屋敷が現存しており、道路や屋敷割りなどの街区が良好に遺されています。
吉居家住宅は、旧芹橋12丁目のほぼ中央に位置しており、江戸時代後期の建造物と推定されます。
天明元年(1781)の「三拾七組家並帳(さんじゅうしちくみやなみちょう)」や天保7年(1836)の「御城下惣絵図(ごじょうかそうえず)」に「吉居」姓が記載されており、少なくとも天明元年当時から吉居家の系譜をたどることができます。
江戸時代の足軽屋敷の姿を良好に留めており、周囲の歴史的景観とともに後世に守り伝えるべき貴重な建造物です。

絹屋半兵衛屋敷は絹屋半兵衛という彦根産の焼物である「湖東焼」創始者の屋敷です。
絹屋半兵衛は代々古着商を営む「絹屋」の養子でしたが、京都に行商に出向いていた際に焼物に関心を寄せるようになり、京都に来ていた伊万里焼の職人を彦根に呼び寄せて「湖東焼」を始めました。
12代井伊直亮は絹屋窯を召し上げ藩の直営とします。そして、湖東焼は13代井伊直弼の代に黄金期を迎えました。

「いろは松」に沿った登城道の正面に佐和口があり、その桝（ます）形がたを囲むように築かれているのが佐和口多聞櫓です。
佐和口は南の京橋口、西の船町口、北の長橋口とともに中堀に開く4つの門の1つで、表門に通じる入口として大手の京橋口とともに彦根城の重要な城門の1つでした。
井伊家当主が彦根と江戸を往き来する時には、必ずこの門を通りました。
重要文化財となっている佐和口多聞櫓は、佐和口に向かって左翼に伸びており、その端に二階二重の櫓が建ち、多聞櫓に連接しています。
多聞櫓は長屋のような形が特徴的な櫓の一種で、「多聞」の名は戦国武将松永久秀（まつながひさひで）の多聞城（奈良市）で初めて築かれたことに由来すると伝えています。
佐和口の多聞櫓は、佐和口の桝形を囲むように二度曲折する長屋となっています。
この櫓の内部は7つに区画され、中堀に向って三角形「△」と四角形「□」の狭間（ざま）が交互に配置されています。

天秤櫓は、大手門と表門からの道が合流する位置に築かれた櫓です。
大手門と表門からの道が合流する天秤櫓の下は、鐘の丸から天守へと伸びていた尾根を大きく断ち切った「大堀切（おおほりきり）」と呼ばれる堀切になっています。
この大堀切には橋が架かっていますが、この橋がなければ天秤櫓の高い石垣を登らないと本丸へ侵入できないため、戦の際にこの櫓が果たす役割は重要でした。
この櫓は、上から見ると「コ」の字形をしており、大手門からと表門からの登城道をそれぞれ押さえるために両隅に2階建ての櫓を設け、中央に門が開く構造となっていて、あたかも両端に荷物を下げた天秤のようであり、江戸時代から天秤櫓の名があります。

彦根城築城以前、長松院のある辺りには善利川（現在の芹川）が流れており、井伊直政は慶長7年（1602）に佐和山城で死去し、善利川の河原で荼毘に付されました。
井伊直継は父を荼毘に付したところに、直政の戒名「祥壽院殿清凉泰安大居士」から、祥壽院という禅堂を創建し、祥壽院は後に「萬年山長松院」と改めて現在に至ります。
墓地には、「井伊直政公化火委骼之處」の石碑があり、現在も供養が続いています。
また、井伊直政公没後300回忌に描かれた「井伊直政公出陣之絵図」も残っています。

龍潭寺（りょうたんじ）は、遠江国(現静岡県)井伊谷にある禅宗・臨済宗妙心寺派の寺院で、井伊氏の始祖、共保(ともやす)以来井伊家の菩提寺でした。
のちに初代となる井伊直政が関ヶ原の戦いで活躍し佐和山城を与えられたとき、井伊谷龍潭寺とは別に、佐和山の麓にも龍潭寺が開山され、元和3年（1617）、彦根藩井伊家2代直孝のときに建立されました。
また山門付近にはかつての佐和山城主・石田三成の像があるほか、本堂にも三成に関する展示物があります。

4代井伊直興が彦根城の鬼門除けと領内の安泰を願い建立されました。
弁財天堂は日光東照宮を修造した大工を使って建てたもので、内外漆塗、極彩色が施され「彦根日光」と呼ばれています。
楼門は、天地の神、毘沙門天、堅牢地神が安置され、楼上には、大黒天が彦根城と向かい合って祭られています。
さらに楼門は扉が額縁となって、彦根城が真正面に見渡せ絶景です。

11代井伊直中が文政2年（1819）、彦根城下にあった宗徳寺を移し天寧寺として建立しました。
前身となった宗徳寺は、2代直孝が初代直政の生母の菩提を弔うため、明暦年間（1655～1658）彦根城下の上藪下（京町3丁目）に建立しました。
寺号は直政の母の戒名「永護院殿蘭庭宗徳大姉」からつけられています。
文政１１年（1828）には、直中により、五百羅漢が安置される羅漢堂が建てられました。
また、本堂の奥の石州流庭園と呼ばれる庭は13代井伊直弼が手を入れ、こよなく愛したといいます。
安政7年（1860年）3月3日。桜田門外の変で直弼が流した血が染みこんだ土は彦根に運ばれ、直弼最期の衣装類と共に天寧寺の境内に埋められました。

【お知らせ】
直弼が最期に使っていた、座布団は毎年の供養祭で一般公開されています。
・座布団と直弼の肖像画の一般公開
毎年3月28日～4月8日
・庭園の一般公開
毎年11月20日～28日

摺針峠には、弘法大師にちなむ逸話が残されています。
　「道はなほ学ぶることの　難（かた）からむ　斧を針とせし人もこそあれ」
その昔、まだ修行中の弘法大師がこの峠にさしかかったとき、白髪の老婆が石で斧を磨ぐのに出会います。
聞くと、一本きりの大切な針を折ってしまったので、斧をこうして磨いて針にするといいます。
そのとき、ハッと悟った大師は、自分の修行の未熟さを恥じ、修行に励んだと言います。
その後、再びこの峠を訪れた大師は、明神に栃餅を供え、杉の若木を植え、この一首を詠んだと伝えます。
この後、峠は「摺針峠（磨針峠）」と呼ばれるようになりました。
峠の傍らにたたずむ望湖堂からは、往時は琵琶湖が一望できたようで、中山道随一の名勝と言われていました。
また江戸時代後期には「皇女和宮」が休憩されたというエピソードも残っています。

鳥居本宿有川市郎兵衛家の神教丸は、お伊勢七度、熊野へ三度、お多賀さんには月詣り」とうたわれた多賀神社の神教によって調製したことが始まりといわれ、このことから「神教丸」という名がついたといいます。
有川家では、『近江名所図会』に見られるような店舗販売を主に行い、配置売りなどの行商の形態をとらなかったので、中山道を往来する旅行者が競って赤玉神教丸を求めました。
店舗の建物は、国指定重要文化財に指定されています。

中山道鳥居本宿は、中山道六十九次（東海道の草津、大津を含む）のうち江戸から数えて六十三番目の宿場町になります。
徳川家康が慶長7年（1602）中山道を整備した時は一旦小野宿に宿継を命じられましたが、その後彦根築城による城下町から中山道への朝鮮人街道のルートの整備に伴い、鳥居本に宿が移されました。
天保年間の宿村大概帳によると、鳥居本宿の長さは小野村境から下矢倉村まで約1.4kmあり、本陣1、脇本陣2、問屋場1、総人口1,448人、家数は293軒で、そのうち旅籠屋が大小合わせて35軒あったようです。

中山道高宮宿は、中山道六十九次（東海道の草津、大津を含む）のうち江戸から六十四番目の宿場町になります。
天保14年（1843）の記録によれば、町の南北の長さが約800m、総戸数835軒、人口3,560人で、中山道第二の大きさを誇り、本陣1、脇本陣2、旅籠数23などの施設を持つ宿場でした。
また多賀大社への門前町としても賑わい、多賀大社一の鳥居が宿中程に建っています。
特産品として、室町時代から全国的に有名になっていた高宮上布の集散地として、豊な経済力を持っていました。
細い街道筋に松尾芭蕉の句碑、無賃橋など当時を偲ばせる風景が残っています。