江戸城

「大名小路」と呼ばれる場所は3つあった。「御曲輪内大名小路」（現丸の内）、「西御丸下大名小路」（現皇居外苑）、「愛宕下大名小路」（現新橋）である。寛永図からはほとんどその面影を読み取れなくなるが、家康が江戸へ入府したころ（天正18年（1590））は、これらの土地はみな、日比谷入江と呼ばれる海だった。海は江戸城大手門の目の前まで迫っていたという。「大名小路」は、海を埋め立てる目的でつくられたのである。徳川幕府は各大名に「屋敷地」を与えたが、実際にはそこに「土地」はなかった。海の埋め立ての位置と、面積が指定されただけである。各大名家は自らの負担で海を埋め立て、宅地を造成したのである。初期の江戸は、こうして造成されていったのだった。

日本橋川から京橋川の間にある9本の堀は、舟入堀である。つまり、船が直接海から入り込める水路であった。伊豆から切り出した築城用の石材を揚陸するために掘られたものである。徳川幕府が第二次天下普請（慶長17年－元和元年（1612-1615））のために作ったものだった。江戸湊に埠頭を設置することが困難だったため考えられた方法である。一番北の日本橋川と一番南の京橋川を合わせると11本の堀となる。海から八丁堀を通って石材を積んだ船が入り、入り堀に着くと甲板と陸地の高さが同じになった。石材を水平に移動することができるということである。天下普請の終わりとともに、元禄3年（1690）までにすべて埋め立てられてしまうため、その後の地図では見ることができない。

江戸最古の歴史を持つ金龍山浅草寺が徳川家康に知られるのは、小田原攻め（天正18年（1590））の時である。『徳川実紀』によれば、関東移封が決まった後、家康は江戸の寺院を調べさせた。菩提所となる浄土宗の寺院と、祈願所となる天台宗の寺院を探すためである。その時に祈願所の候補として挙がったのが浅草寺（当時天台宗、現在は聖観音宗）であるという。家康の江戸入府にともない徳川家の祈願所となり、五百石の寺領が与えられた。江戸庶民からも多大な尊崇を受け、雷門から仁王門まで続く仲見世（寺内町）が発展、現在に至っている。徳川家からの信仰も厚く、浅草寺本堂の東にあり、現在も三社祭で有名な三社権現の社殿は、3代将軍家光が寄進したものである。江戸城の鬼門（北東）の守りともいわれる。

『徳川実紀』によると、関東移封が決まった後、徳川家康は江戸での菩提寺となる浄土宗の寺院を探した。候補としてあがったのが小石川の寿経寺（のちの伝通院）と増上寺であった。当時の増上寺は、現在の千代田区平河町付近にあり、寿経寺よりも江戸城に近かったため、菩提寺として選ばれたとされる。一方で、家康が江戸入城の際、増上寺の存応上人と出会い、三河国での菩提寺大樹寺の感応上人の弟子であることを知り、江戸の菩提寺に決したという話も伝わる。慶長3年（1598）には江戸城の裏鬼門（南西）である芝浦（現在地）に移り、慶長10年（1605）には堂塔などが建立され始めたという。以後徳川家の菩提寺として、また浄土宗本山としての地位を確立し、江戸において特別な尊崇を得ることとなった。寺領は初め千石、のちに1万540石を与えられ、やがて学僧3千余人を擁する大寺院となる。2代秀忠をはじめ、6人の将軍が眠る。

徳川家康の側近として、江戸城築城、江戸の町の造成に多大な影響を与えたといわれる僧・天海を開基とする寺である。徳川家の菩提寺として初め寺領2千石が与えられ、のちに1万1790石に加増されている。江戸城の鬼門（北東）に位置し、東叡山寛永寺の名のとおり「東」の「叡山（比叡山。近江国にある平安時代からの京の守護。京の鬼門にある。）」として、3代将軍家光の命により「寛永」2年（1625）に開かれた。石神井川の水系が作った不忍池は比叡山の東に位置する琵琶湖に見立てられ、不忍池の中島は琵琶湖の竹生島に擬された。竹生島の宝厳寺から弁才天を勧請し、弁天堂を建立したのはそのためである。寺域は現在の上野公園全域に及び、4代家綱をはじめとして6人の将軍が眠る。ちなみに、寛永図では埋め立てられてすでにないが、神田に地名として残るお玉が池は、不忍池と同じ石神井水系である。

天平2年（730）に創建されたという古社で、創建の地は現在の千代田区大手町、将門塚付近である。家康が入府したころは江戸城大手門の目と鼻の先にあった。江戸城の拡張にともない駿河台を経て現在地（千代田区外神田）に移った（元和2年（1616））。江戸城から見て北東に移ったことで、陰陽五行説で言う「鬼門（表鬼門）」を守るとされる。江戸の惣鎮守とされ、2年に一度の祭礼「天下祭」が行われたことで有名である。祭礼が隔年なのは、山王権現と交代で行うからである。天下祭の祭礼行列は江戸城内をも巡行し、将軍をはじめとして大奥の女性たちも拝礼した。

創建は、江戸氏が祀った山王宮とも、太田道灌が川越から勧請した川越山王社ともいう。家康が入府したころ、江戸城の鎮守として城内の紅葉山辺りに遷座した。秀忠の代に江戸城を改造した際、城外の隼町（千代田区）に移している。山王権現は江戸城から見て南西に位置するため、神田明神が北東の「鬼門（表鬼門）」を守るのに対し、「裏鬼門」を守るとされる。現在地（千代田区永田町）に移ったのは明暦の大火（1657）で社殿を失ったためである。神田明神と隔年交代で行う「天下祭」は盛大であった。山王権現の山車の数は神田明神をしのいでいたという。ちなみに、山王権現の巡行ルートと神田明神の巡行ルートは決して重ならなかった。「祭」が神事であったためである。

御三家（尾張・紀伊・水戸）とは徳川本家（将軍家）で世継ぎが途絶えた場合に世継ぎを出すことができる家柄である。世継ぎが途絶える可能性が低くなったことを考えると、御三家が設けられたことで徳川家の世が盤石になったといっても良い。御三家の筆頭・尾張徳川家の家祖は、徳川家康の9男・義直である。義直は慶長8年（1603）にまず甲斐国（24万石）に封ぜられ、慶長12年（1607）、尾張国に加増のうえ転封となった。のちにさらに加増され61万石となる。寛永3年（1626）、義直が従二位権大納言に叙された際、紀伊徳川家の頼宣も同じ従二位権大納言とされている。尾張家と紀伊家の地位が名実ともに定まったのはこの時期で、3代将軍家光の治世を盤石なものにするのに役立ったのに違いない。ちなみに尾張徳川家は御三家の中で唯一、将軍を出すことができなかった家である。

徳川家康の10男・頼宣を家祖とする紀伊徳川家は、御三家の筆頭・尾張家に次ぐ家とされる。確かに紀伊家は尾張家に比べ石高は少々すくないが、当主は従二位権大納言であり、家格は尾張家と同等である。家祖頼宣は慶長8年（1603）にまず水戸（20万石）に封ぜられ、慶長15年（1610）に駿河遠江に加増転封となった（50万石）。さらに元和5年（1619）、紀伊国に加増転封となる（55万石）。頼宣が従二位権大納言に叙されたのは、尾張家当主義直と同じ寛永3年（1626）である。甥の家光が3代将軍になって間もない頃で、紀州家の地位が尾張家と共に盤石になったことで、徳川家の安泰に寄与したと考えられる。慶安4年（1651）、由井正雪の乱がおこった際、頼宣の名が黒幕として挙げられたが、嫌疑を受けたのみで取り潰されることはなかった。のち、紀州家からは8代将軍吉宗が出ており、以後14代将軍までは紀州家の血筋である。

徳川家康の11男頼房を家祖とする水戸徳川家は、御三家の中では最も家格が低いとされる。具体的には尾張・紀伊両家の当主が従二位権大納言であるのに対し、水戸家の当主は従三位権中納言である。ちなみにテレビドラマや講談等で有名な「黄門」様の名は、「中納言」の唐（中国）名。家祖頼房はまず、慶長10年（1605）に常陸国下妻に封ぜられた（10万石）。2年後水戸に25万石で加増転封となり、のちさらに3万石が加増された。従三位権中納言に叙されたのは寛永4年（1627）である。頼房の水戸家成立当初は、尾張・紀伊と並ぶ「御三家」とはとらえられていなかったと考えられている。駿河徳川家（秀忠の三男・忠長）や甲府徳川家など、水戸家よりも家格が高い家があったからである。水戸家が御三家に数えられるようになったのは甲府家の家宣が6代将軍となり、甲府徳川家が消滅して以降である。なお、最後の将軍（15代）慶喜は水戸家から一橋家（御三卿）への養子である。

家康が江戸に入府したころ、いわゆる「神田川」というものは存在しなかった。あったのは「神田山」ともいわれる小高い丘陵である。2代将軍秀忠の時、水害防止のためにその丘陵を掘削し、南へ流れていた平川の流れを東へ曲げ、隅田川へとつないだのである。この水路は江戸城の外濠の役目も兼ねた。現在も湯島と駿河台を隔てて流れる神田川は、自然の河川ではなく人工の放水路なのである。この掘削工事を請け負ったのは、仙台の伊達政宗であった。江戸城の築城から江戸の町の造成までを諸大名が請け負う「天下普請」の一環である。こうして神田「山」は湯島台と駿河台に分割された。駿河台の名は、駿府から家康に従ってきた旗本たちが、この地に屋敷地を与えられたために付いた。また、対岸の神田川沿いにある「光林寺」（寛永図に記載あり）には名水を出す井があり、お茶用の水として2代将軍秀忠に献上されたという。現在も残る「御茶ノ水」の地名はこの故事に由来する。

平川とは、現在の神田川・日本橋川のかつての呼び名である。徳川家入府以前の江戸城は日比谷入江という海に面しており、その入江に流れ込む川が平川であった。水源は現三鷹市の井の頭池で、善福寺川、妙正寺川・江古田川などが現新宿区の落合で「落ち合」っていた。江戸川橋から飯田橋辺りを流れ、首都高5号池袋線に沿うような形で平川濠を経て日比谷入江に流れ込んだのである。水源に乏しい中世の江戸にとって実に貴重な川であったと推測される。徳川家が江戸に入府したころには飯田橋から一ツ橋辺りに上平川村と下平川村があり、平川門内に鎮守の平川天神があった。天神は江戸城の増改築にともなって、麹町に移され、平河天満宮となった。

水道橋の名は、文字通り「上水道の懸樋」があることからついている。上水道とは神田上水のことである。懸樋は、神田川を渡って生活用水を市中に送るいわば「水道管」であった。家康は入府前に大久保藤五郎を江戸へ派遣し、水源調査をさせている。大久保は神田上水整備の功によって「主水（もんど／もんと）」の名を与えられた。神田上水は自然流下式を採用し、主要な道に沿って整備された。そのため、幹線道路は土地の高低にしたがって作られることとなった。江戸のメインストリートである「通り町筋」（日本橋～新橋）が折れ曲がっているのも、勾配を利用して上下水道の流れを作るためである。

江戸と各地は東海道、奥州道中・日光道中、中山道、甲州道中の五街道で結ばれていた。その起点は江戸日本橋であり、各街道には距離に応じて宿場が設置された。最も早く整備された街道が東海道である。その最初の宿が品川宿で、設置は慶長6年（1601）であった。関が原の勝利の直後であり、家康の江戸入府後から数えてもまもない。目黒川の河口にあり、川の北が北品川宿、南が南品川宿である。のち、高輪方面に伸びる歩行新宿が加わり、3宿は江戸への玄関口としてにぎわった。飯盛女と呼ばれる遊女も年を追うごとに増え、「北」にある吉原に対して「南」と言えば品川宿を指すほどになった。

のちに江戸四宿（千住、品川、板橋、内藤新宿）の1つに数えられることになる千住宿は、四宿の中で最も早い慶長2年（1597）に人馬の継立所として設置された（内藤新宿が設置されるのは100年後の元禄10年（1697）なので、この寛永図には存在しない）。奥州道中・日光道中の江戸からの最初の宿場として人馬が絶えることなく、大いに繁栄した。隅田川に最初に架けられた橋も千住大橋で、千住宿設置の3年前の文禄3年である。奥州道中が最初に整備されたのは、江戸入府当時の家康が豊臣政権下の大名として、北方の脅威（主に伊達家）に対抗していたためであった。したがってそれ以外の橋は、当時は不要だったのである。ちなみに千住大橋の次に架橋されたのは両国橋で、約60年後のことになる。

慶長年間（1596-1615）には町奉行の制度は確立していたと考えられる。町奉行所が行っていたのは、江戸の町地の統治である。具体的には立法・司法・行政・警察・消防などであった。現在に置き換えれば都議会・裁判所・都庁・警視庁・消防庁の職務をすべて請け負っていたということになる。その他に全国的な経済政策なども扱っていたため大変な激務で、町奉行在職中に死亡する者が多かったといわれている。南町奉行所・北町奉行所が月番で職務に当たった。月番制とは隔月でどちらか一方の奉行所が開き、もう一方は非番となる制度である。ただし、非番の月も休みではなく、当番の月に受け付けた業務の処理に当たった。南と北は奉行所（役宅）の位置にもとづく名で、管轄地域が南北に分かれていたわけではない。町奉行は役高3千石という重要な役職で、旗本から選りすぐりの逸材が登用された。南北各1名の計2名が定員である。

慶長8年（1603）に架けられた橋で、翌慶長9年（1604）に五街道の起点となった。江戸城の堀から流れる日本橋川に南北に架かる。橋の北詰の東側に魚河岸があり、1日に千両の商いがあるといわれるほどの活況を呈した。橋の南にのびるのが通町筋で、江戸のメインストリートである。ここに架かる京橋と新橋は日本橋と同様「御入用橋（公儀橋）」といい、官費によって維持された格式の高い橋であった。日本橋から新橋までのこの地域は家康入府前までは江戸前島と呼ばれた半島で、通町筋はその半島の尾根（一番高い部分）であった。西にある御曲輪内大名小路、西御丸大名小路、愛宕下大名小路はその当時はまだ海（日比谷入江）である。

慶長8年（1603）の江戸開府以降、江戸市中には遊郭が自然発生していた。そんな中、慶長17年（1612）、庄司甚右衛門は幕府に傾城町の設置を願い出た。5年後の元和3年（1617）に認可され、日本橋葺屋町の東に二町四方の土地を与えられた。寛永図では御材木蔵の向かいに細い堀で囲まれた「町」として記されている。当時は葭（よし）や茅（かや）が生い茂る湿地だったために「葭原」と名付けた。遊郭の営業が始まったのは翌年である。京都と伏見の傾城を収容した「京町」が開かれたのが元和6年（1620）、すべての普請が終わり、本格的な営業が始まったのが寛永3年（1626）である。このとき「葭原」を「吉原」に改めた。浅草に移転するのは三十年後である。

大伝馬町・小伝馬町・南伝馬町は天下祭（神田明神と山王権現の祭礼）の神輿巡行では常に先頭を務め、江戸惣町の筆頭とされた。理由の一つは、この三町が江戸城近辺にあった古い村を起源としているからである。慶長11年（1606）に江戸城が拡張する際、宝田村が大伝馬町に、千代田村が小伝馬町に、祝田村と宝田村の一部が南伝馬町となった。三伝馬町は江戸の町の草分け的存在であったのである。もう一つの理由は、この三町が幕府の公用旅行者とその荷物を無料で輸送する任務を担っていたからである。大伝馬町と南伝馬町が毎月前半と後半に交代で、五街道の輸送を受け持った。小伝馬町は江戸市中の旅行者の自宅から、当番の伝馬町へ荷物を運んだ。大伝馬町と南伝馬町の輸送範囲は各街道の最初の宿までである（東海道は品川宿、中山道は板橋宿、日光・奥州街道は千住宿、甲州街道は高井戸宿（のちに内藤新宿））。ちなみに輸送料が無料なのは公用の場合だけで、私的な利用者は有料であった。

江戸城外濠の西に位置する城門で、向かって左が溜池である。慶長11年（1606）に作られた。外敵の侵入を屈折構造で防ぐ枡形門である。枡形門とは、高麗門（本柱の屋根と控柱の屋根が直角に葺いてある外側の門）と櫓門（武器を所蔵した渡櫓を持つ内側の門）を直角に配置したものである。ただし、櫓門はのちの享保年間（1716-1745）に焼失してしまう。虎ノ門の「虎」の名は、四神思想（北に玄武、南に朱雀、東に青龍、西に白虎を配する考え方）における西の神「白虎」に由来すると考えられている。本丸から見た虎ノ門の実際の方角は南といった方が正しいが、本丸～西の丸～虎ノ門という配置になっていること、また、旧東海道への出発口であったことから考えると、虎ノ門が西口ととらえられていた可能性は高いと思われる。

内桜田門の別名として「桔梗門」という名が知られているが、江戸城を最初に本格城砦として築いたとされる太田道灌の時代には「泊船門」と呼ばれていた。文字通り船が停泊する門であり、江戸城の海に面した出入り口だったのである。家康の江戸入府前までは、江戸城の目の前まで海が迫っていた。日比谷入江である。江戸入府後、家康はこの日比谷入江を埋め立て、小名木川と道三堀の造成を行った。房総方面から塩を確保するためである。道三堀の名は医師道三に由来する（寛永図にも記載がある）。道三堀の終点に和田倉門があるが、「ワタ」は古語で海を意味する。日比谷入江（南）が埋め立てられ、道三堀（東）が海側の正面になったことから付いた名だと推測される。