下藤キリシタン墓地

イメージ:下藤キリシタン墓地

所在地
大分県臼杵市野津町

江戸時代の禁教令下でも破壊されず、400年の時を超え、全国で初めて完全な形で発見された、下藤キリシタン墓地。
ここは、16世紀から17世紀にかけてのキリスト教布教期に形成されたキリシタン墓地で、1579年(天正7年)に下藤村のリーダーであった「リアン」という洗礼名の老人が村のキリシタン達の為に造った墓地です。
今から60年以上前の1956年(昭和31年)、「常珍(じょうちん=ジョアキン)」と洗礼名を刻む半円柱(かまぼこ)型墓碑が最初に発見され、1999年(平成11年)に石造十字架の一部とみられる「INRI」銘を陰刻する「石造INRI碑」が発見されました。
その後の発掘調査では約400㎡の墓地空間に、東西方向を主軸に向ける66基の石組遺構が南北方向に5~6列で整然と並んでおり、更に礎石建物とみられる遺構や円形石敷遺構、北方向からアプローチする道路状石敷遺構などが見つかっています。
全国的にいままでわかっていなかった400年前のキリシタンの墓地のことが、遺跡の調査によって解明されて行くのです。

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